ジャックローズとは|作り方と黄金比、酒税法にりんごは一度だけ

ジャックローズは、りんごから造った蒸留酒にライムとグレナデンを合わせて振る、ルビー色のショートカクテルである。この記事では黄金比と手順、度数、ベースの選び方を整理した。そのうえで、国がりんごをどこに書いているかを、酒税法・関税率表・その外側の三か所で確かめた。酒税法とその施行令、施行規則を合わせた十六万三千七百四十字のなかに「りんご」の三文字はただ一度しか現れず、しかもそれは果実の名ではなく、清酒に加えてよい酸の名前だった。

ジャックローズとは|りんごの蒸留酒がルビー色になる一杯

ジャックローズとは|りんごの蒸留酒がルビー色になる一杯
りんごのブランデーとりんごを並べた一例

ジャックローズは、りんごから造ったブランデーをベースに、ライム果汁とグレナデンシロップを合わせてシェークするカクテルである。氷を入れずにカクテルグラスで供するので、分類のうえではショートに入る。禁酒法の前後にアメリカで広く飲まれ、その後は古典として残った。名前の「ジャック」はりんごの蒸留酒を指すアップルジャックから来ており、「ローズ」は仕上がりの色である。

先に答え

作り方は、アップルブランデー四十五ミリリットル、ライム果汁十五から二十ミリリットル、グレナデンシロップ十五ミリリットルをシェークしてグラスに注ぐ、それだけである。度数はおおむね二十から二十四パーセント。ベースは本来アップルジャックだが、日本ではフランスのカルヴァドスで作るほうが現実的で、樽の香りが乗って華やかに仕上がる。迷ったらカルヴァドスの解説記事から一本選べばよい。

この記事は前半でその作り方と選び方を、後半で「国はりんごの酒をどこに書いているか」を条文の逐語に当たりながら追う。カクテル全体の分け方から入りたい場合はカクテルの種類まとめが先にある。

色は果実ではなくシロップから来る

りんごのブランデーは、樽で寝かせたものでも琥珀色までで、赤くはならない。ジャックローズの赤はグレナデンシロップのぶんである。つまりこの一杯は、香りをりんごが担い、色を別の果実が担うという二人がかりの構造をしている。だから同じレシピでもグレナデンの銘柄を変えるだけで、写真の印象がはっきり変わる。

色の濃さは分量に素直に比例する。淡いピンクに寄せたいなら十ミリリットル、はっきりした深紅にしたいなら二十ミリリットルまで。ただしグレナデンは糖分が高いので、増やしたぶんだけ甘くなり、りんごの香りは奥へ引っ込む。色を優先するか香りを優先するかは、そのまま分量の話になる。

ジャックローズの作り方|黄金比と振り方のこつ

ジャックローズの作り方|黄金比と振り方のこつ
シェーカーとバースプーンを並べた一例

必要な道具はシェーカーとカクテルグラス、それに果汁を搾る道具だけである。材料は三つしかないので、順番と温度さえ守れば家でも安定して同じ味になる。

手順

ジャックローズの標準的な手順
順 すること 目安
1 カクテルグラスに氷と水を入れて冷やしておく 三分
2 ライムを搾る(一個でおよそ二十から三十ミリリットル) 使う直前
3 シェーカーにグレナデン、ライム果汁、アップルブランデーの順で入れる ライム十五mLなら合計七十五ミリリットル
4 氷を八分目まで入れて蓋をする かたまりの氷を三個から四個
5 十五回から二十回振る シェーカーの外側が白く曇るまで
6 グラスの氷水を捨て、こしながら注ぐ およそ九十ミリリットル

糖分の重いものから入れておくと、ブランデーを注いだ時点で下から自然に混ざりはじめる。振る回数を増やしても味は大きく変わらず、そのぶん氷が解けて薄くなる。曇りが出たらやめるのが再現しやすい。

黄金比の振れ幅

ジャックローズは古典のわりに定量が一つに決まっていない。ライムをレモンに置き換える書き方もあるし、グレナデンをライムと同量にする組み方もある。おおよその幅は次のとおりで、どれも作例として成り立つ。

配合の幅と仕上がりの傾向
組み方 ベース 柑橘 グレナデン 傾向
標準 45mL 15mL 15mL 香りと甘酸のつり合いが取れる
酸を立てる 45mL 20mL 15mL 後口が軽く、食前に向く
色を濃くする 45mL 15mL 20mL 甘みが前に出て食後向き
レモンで作る 45mL 15mL 15mL 酸がまるく、香りが穏やかになる

四行で動いているのは三つ、柑橘の量とグレナデンの量、そして最後の行だけは柑橘の種類である。ベースの四十五ミリリットルは四行とも共通で、レモンの行は分量も標準とまったく同じである。ライムとレモンでは酸の質が違い、ライムは輪郭が鋭く、レモンはまるい。標準の比は覚えやすさから三対一対一と言い換えられることも多いが、指している中身は一行目と同じである。

グラス・温度・盛りつけ

グラスは容量百から百二十ミリリットルのカクテルグラスが合う。仕上がりが九十ミリリットル前後なので、それより大きいと液面が寂しくなる。ブランデーの香りを立てたいならチューリップ型でもよいが、その場合は色が見えにくくなるので、狙いに応じて選ぶ。グラスの形と香りの関係はブランデーグラスの解説記事に詳しい。

飾りはライムの薄切りか、りんごのスライスを一枚。りんごは切り口が茶色くなりやすいので、注ぐ直前に切る。グレナデンの赤は光を通すとよく出る。

ジャックローズの度数とカロリー

ジャックローズの度数とカロリー
卓に並べたショートカクテルの一例

ベースが四十パーセント前後のブランデーなので、飲み口の軽さのわりに数字は低くない。ここでは前提を書いたうえで計算する。

分母が二つあるので幅が出る

材料はアップルブランデー四十五ミリリットル(四十パーセント)、ライム果汁十五ミリリットル、グレナデンシロップ十五ミリリットルとする。純アルコールは四十五掛ける〇・四〇で十八ミリリットル。ここまでは動かない。割る相手が二通りある。

同じ一杯の度数が二通りに出る理由
分母の取り方 全量 度数
材料の単純合計(氷の解けを数えない) 75mL 24.0%
シェークで二割増えたとみる 90mL 20.0%

本稿が「二十から二十四パーセント」と書くのは、この二つの約束のあいだを取っているからである。加水の割合そのものは振り方と氷の状態で動くので、二割というのはあくまで見積りに使う数字にすぎない。そもそも氷が解けたぶんを測る決まりが制度の側にあるのかどうかは、カクテルの度数まとめで扱っている。結論を先に書いておくと、そういう決まりは無い。

比較しておくと、同じシェークのショートでもサイドカーは甘みの担当がオレンジのリキュールで、それ自体が酒である。だから材料の合計で割っても度数は下がりきらず、三十パーセント台に出る。ピンクレディーはジンにグレナデンと卵白を合わせるので、色は近いのに口当たりはまったく違う。度数の高い酒の並びが知りたい場合は度数の高い酒まとめがある。

カロリーの内訳

エタノールは一グラムあたりおよそ七・一キロカロリーで、密度は〇・七八九グラム毎ミリリットル。十八ミリリットルなら十四・二グラムで、約百一キロカロリーになる。これにグレナデンの糖分が乗る。

一杯あたりのおおよその内訳
材料 量 おおよそ
アップルブランデー(40%) 45mL 約101kcal
グレナデンシロップ 15mL 約50kcal
ライム果汁 15mL 約4kcal
合計 75mL 約155kcal

グレナデンの数字は糖分をおよそ七割とみた場合の目安で、銘柄によって上下する。減らしたいなら、分量を十ミリリットルにするのがいちばん効く。

飲むシーンと合わせる料理

甘酸っぱさと香りの立ち方から、食前より食後に向く。りんごの香りは焼き菓子と近いので、タルトタタンやアップルパイと合わせると輪郭がそろう。塩気のあるものならブルーチーズやくるみが強く、脂の甘みを酸が切ってくれる。

季節でいえば、りんごの旬に合わせて秋から冬に置くと納得が得やすい。乾杯の一杯目には度数が高すぎるので、二杯目以降に回し、あいだに水を挟むとよい。

関連商品ラインナップ
棚に並ぶ洋酒のボトルの一例

ジャックローズのベースに向くブランデーを、在庫のあるものから並べた。

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ここではブランデーの在庫から一部を掲載しています。価格・在庫・箱の有無は各商品ページでご確認いただけます。

りんごのブランデーが手元に無い場合でも、ぶどうのブランデーで作ればサイドカーの側に寄った一杯になる。まずは一本、香りの方向を決めてから選ぶのが早い。

ベースの選び方|アップルジャックとカルヴァドス

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ノルマンディーのりんごのブランデーの一例

りんごのブランデーは、産地によって呼び名も造りも違う。ジャックローズはアメリカ生まれなので原典はアップルジャックだが、日本の店で手に取りやすいのはフランスのカルヴァドスである。どちらを選んでも成立するので、香りの方向で決めればよい。

りんごの蒸留酒の主な呼び名
呼び名 主な産地 造りの特徴 ジャックローズでの出方
アップルジャック アメリカ りんごの蒸留酒を主体に、他の蒸留酒を合わせる製品もある 素朴で、りんごが太く出る
カルヴァドス フランス・ノルマンディー シードルを蒸留して樽で寝かせる 華やかで、樽の甘い香りが乗る
サイダー・ブランデー イギリス りんご酒を蒸留し、長期の樽熟成が多い 厚みがあり、後口が長い
ポモー フランス・ノルマンディー 果汁にカルヴァドスを加えて造る甘口 ベースにするより単体で飲む酒

カルヴァドスの三つの呼び分け

フランスの原産地呼称は大きく三つある。単に「カルヴァドス」と書かれたもの、「ペイ・ドージュ」と付いたもの、「ドンフロンテ」と付いたものである。ペイ・ドージュは単式蒸留器での二回蒸留と定められていて、香りに厚みが出る。ドンフロンテは洋なしを一定の割合以上使うことが条件になっており、りんご一辺倒ではない繊細さが出る。三つの呼称の違いはカルヴァドスの解説記事に一章を割いてある。カクテルに使うなら、まずは標準のカルヴァドスで十分である。

熟成表記は他のブランデーと同じで、フィーヌやトロワ・ポムが若く、VSOPやXOで長くなる。ジャックローズは柑橘とシロップで味を足す組み立てなので、長熟の一本を使うといちばん高い香りが甘みに隠れる。若いものかVSOPあたりが費用対効果で合う。ブランデーの階級そのものはXOやVSOPの階級の解説記事にまとめてある。

日本で手に入れる場合

アップルジャックは輸入量が少なく、店頭で見かける機会は限られる。カルヴァドスなら洋酒売り場や通販で選択肢が広い。国産のりんごの蒸留酒も少量ながらあり、りんごの酒そのものの整理はりんごのお酒とシードルの解説記事にある。

ぶどうのブランデーとの違いを確かめたいなら、ブランデーの基本とコニャックの解説記事、それにブランデーの原料の解説記事を並べて読むとよい。

ジャックローズ向けアップルブランデー30本の比較

ジャックローズ向けアップルブランデー30本の比較
棚に並ぶブランデーのボトルの一例

仕上がりはベースで決まる。標準のカルヴァドスから長熟のもの、イギリスのサイダー・ブランデー、アメリカのアップルジャックまで、りんごを原料にした三十本を並べた。表は並べ替えて見比べられる。

ジャックローズのベースに選びたいアップルブランデー30銘柄 比較|タイプ・産地・度数・希少度・相場
ジャックローズの土台に選びたいりんごのブランデー30本を横断して比較しています。ノルマンディーのカルヴァドスを中心に、AOCの格や熟成年数の違うボトル、洋ナシを使うドンフロンテ、英国のサイダーブランデーまで、タイプ・産地・アルコール度数・希少度・市場相場と、楽天/Amazonの最新価格をまとめました(2026年6月時点)。価格は流通している高値帯の参考値で、最安値を示すものではありません。表は度数・価格・ブランドで並べ替えられるので、まずタイプで当たりをつけ、次に度数と相場で候補を絞り、ライムとグレナデンとの相性を考える使い方が分かりやすいです。
画像 銘柄・スコア 定価
市場相場
特徴 リンクサス酒販
本命
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カクテルベースの定番。すっきりした果実味でバーでも重宝される。

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24位 コクレル ファイン カルヴァドス 700ml

軽やかで親しみやすいスタンダード。普段使いに向く手頃な一本。

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小規模生産者の素朴な味わい。原料リンゴの個性が前に出る一本。

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29位 レアーズ アップルジャック 700ml

アメリカ最古級の蒸溜所が造る林檎の蒸留酒。カクテルの古典に必須。

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英国サマセットの希少なリンゴ蒸留酒。樽熟成由来の豊かな香り。

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最初の一本は若いカルヴァドスにして、香りの出方を覚えてから長熟に進むのが失敗しにくい。二本目を足すときは、産地ではなく熟成の長さを変えると違いがつかみやすい。

ライムとグレナデン|もう一つの主役

ライムとグレナデン|もう一つの主役
柑橘とシロップを並べた一例

ジャックローズの表情を決めているのは、ベースと同じくらい、残りの三十ミリリットルのほうである。ここを変えると同じブランデーでも別の一杯になる。

グレナデンとざくろの距離

グレナデンシロップは、もともとざくろの果汁を煮詰めて作る赤いシロップである。ところが売り場のボトルの原材料表示を見ると、糖類と酸味料と着色料と香料で組まれていて、ざくろの名が出てこない製品もある。ざくろの果汁が入っているものは香りに酸の奥行きが出るので、飲み比べると差が出る。

この「ざくろ」という語は、国の法令にまったく無いわけではない。ただし現れ方には偏りがある。e-Gov の全法令横断検索で叩くと、カタカナの「ザクロ」も漢字の「石榴」「柘榴」も一件も返ってこないのに、ひらがなの「ざくろ」だけが五本の法令の十三の文に見つかる。「グレナデン」という語のほうは、片仮名でも他の書き方でも一件も無い。

つまりこの赤いシロップは、名前としては法令のどこにも置かれていない。ラベルに何を書くかは食品表示の決まりに従うことになるが、「グレナデンシロップとはこういうものだ」と中身を定義した条文は見当たらない。告示や民間の規格まで含めた話ではなく、法令に限った話である。だから中身に幅が出る。買うときに見るべきなのは名前ではなく原材料表示のほうだ、という話に落ち着く。

量と柑橘の決め方

柑橘とシロップを動かしたときの出方
変えるもの 減らすと 増やすと
ライム果汁 甘く重くなり、香りが前に出る 後口が締まり、色がやや淡く見える
グレナデン 色が淡くなり、りんごの香りが立つ 色が濃くなり、甘みが香りを覆う
ベース 飲みやすくなるが芯が消える 度数が上がり、酸と甘みが負ける

初めて作るなら、ライムを十五ミリリットルで固定して、グレナデンだけを十から二十ミリリットルのあいだで三回作ってみるとよい。三杯並べれば好みの位置がはっきりする。

ライムそのものの扱いはジンライムの解説記事でも触れている。グレナデンを使う兄弟のカクテルとしてはテキーラサンライズやシンガポールスリングがあり、同じシロップでも役割がまるで違うのがおもしろい。

ジャックローズの由来と歴史

ジャックローズの由来と歴史
古典的なショートカクテルの一例

ジャックローズは十九世紀の終わりにはすでにアメリカで飲まれていた。名前の由来には複数の説があり、決着していない。

名前の三つの説

語源として挙げられる三つの説
説 中身 弱点
アップルジャック+バラ色 ベースの名と仕上がりの色をつないだ、いちばん素直な読み 初出の資料でそう説明されているわけではない
バラの品種の名 一八五三年に作られた深紅の品種「ジェネラル・ジャクモ」から取ったとする説。この品種は「ジャックローズ」とも呼ばれた 色と呼び名の一致以上の裏づけが薄い
人名 ニューヨークの賭博師で「ボールディ・ジャック・ローズ」と呼ばれた人物から取ったとする説 この名が世に知られたのは一九一二年の事件で、カクテル名の初出とされる一八九九年より後になる

ほかに、ニュージャージーのバーテンダーや料理店主の名から取ったとする説もある。どの説を取っても、りんごの蒸留酒が主役であることは変わらない。作家のヘミングウェイが小説のなかでこの一杯を登場させたことも、古典として残った理由の一つに数えられている。

仲間とアレンジ

同じ骨格の一杯は多い。ベースと柑橘と甘みという三点で組む型は、カクテルのなかでよくある型である。

同じ骨格の一杯との違い
名前 ベース 甘みの担当 ジャックローズとの違い
ジャックローズ りんごのブランデー グレナデン 色が赤く、香りがりんご
サイドカー ぶどうのブランデー オレンジのリキュール 色が淡く、度数が高い
ピンクレディー ジン グレナデン 卵白で泡が立ち、口当たりが軽い
ホワイトレディー ジン オレンジのリキュール 透明で、香りが柑橘に寄る

同じ型で卵白を使う一杯としてはウイスキーサワーがあり、柑橘を砂糖で受ける古典としてはギムレットが近い。型そのものの整理はカクテルの基本にある。

アレンジとしては、グレナデンをざくろ由来のものに替える、ライムをレモンにする、少量のりんごジュースを足して香りを補う、といった手が使える。炭酸で割ればロングになるが、色が薄くなるのでグレナデンを少し増やす。ニューヨークのようにグレナデンを使う古典と並べて出すと、赤の濃さの違いが見えて席が盛り上がる。

酒税法の三本に「りんご」は一度だけ|しかも果実の名ではない

酒税法の三本に「りんご」は一度だけ|しかも果実の名ではない
収穫したりんごと木の樽の一例

ジャックローズはりんごの酒を名乗るカクテルである。それなら日本の酒の法律は、りんごをどう書いているのか。酒税法と酒税法施行令と酒税法施行規則、この三本の全文を取り寄せて、改行と空白を落としたうえで数えた。合わせて十六万三千七百四十字ある。

三本で一度だけ

「りんご」の三文字が現れるのは、酒税法施行規則の一か所だけである。酒税法にも施行令にも一度も無い。片仮名の「リンゴ」、漢字の「林檎」「苹果」は三本とも零である。そしてその唯一の一か所は、りんごの酒の話ではない。

酒類の保存のため、次の各号に掲げる品目の酒類に当該各号に定める物品を混和したときは、それぞれ新たに酒類を製造したものとみなさないものとし、当該混和後の酒類の品目は、当該混和前の酒類の品目とみなす。
一 清酒 乳酸、こはく酸又はりんご酸
二 果実酒又は甘味果実酒 酒石酸又はメタ重亜硫酸カリウム
三 国税庁長官が指定する品目の酒類 国税庁長官が指定する物品

酒税法施行規則第十三条第八項(同条は八項からなる)

りんご酸は果物ではなく有機酸の名である。しかもこの号が守っている酒は清酒で、りんごから造る酒ではない。国が酒の法令のなかでりんごという三文字を書いた唯一の場面は、日本酒の保存のために加えてよい酸を三つ並べたところだった、ということになる。

名指しされた果実は三つだけ

では他の果物はどうか。同じ三本で果実の名として立っているのは、次の三つしかない。

酒税法系の三本で名指しされている果実
語 出てくる場所 どう扱われているか
なつめやし 酒税法第三条第九号イ、施行令第七条第一項第一号、施行規則第三条の二に各一回 法と施行令は「なつめやしの実…を除く」と外す側。施行規則は逆に、ごまとともに単式蒸留焼酎の原料として認める側
ぶどう(やまぶどうを含む) 施行規則第十三条第三項第二号に一回 消費者が自分で消費するために酒類に混和してはいけない物品の列挙
梅 施行令第五十条第十四項第二号に一回 酒類と混和をする物品は、糖類、梅その他財務省令で定めるものであること=混和してよい側

後ろの二つは同じ一本の筋にある。消費者が自分で漬けるための混和について、政令が糖類、梅その他財務省令で定めるものと書き、その財務省令が「これ以外のもの」という裏返しの形で列挙して、そこでぶどうを外している。同じ一つの筋が、梅を名指しで認め、ぶどうを名指しで外し、りんごにはどちらの側でも触れていない。この特例そのものは梅酒の解説記事で扱っている。

「ぶどう」という三文字は、三本を通しては二十回出てくる。ところがそのうち十八回はぶどう糖の一部で、一回は同じ号の括弧書きにある「やまぶどう」の内側である。果実の名として単独で立っているのは、上の表に挙げた一回だけだ。酒税法の本体と施行令に限れば、素の「ぶどう」は零回である。

同じ罠は他の語にもある。施行規則の「レモン」一回はレモングラスというハーブの一部で、「かき」一回は果物の柿ではなく、こんぶ・わかめ・かつお節と並ぶほうの牡蠣である。前後の文字を見ずに数えると、違う絵が出てくる。

ブランデーの定義は「果実」で止まっている

酒税法はブランデーという酒を知らないわけではない。「ブランデー」の語は本体に二十五回、施行令に十二回、施行規則に三回ある。定義もある。

果実若しくは果実及び水を原料として発酵させたアルコール含有物又は果実酒(果実酒かすを含む。)を蒸留したもの(当該アルコール含有物又は果実酒の蒸留の際の留出時のアルコール分が九十五度未満のものに限る。)

酒税法第三条第十六号イ

読んでのとおり、原料は果実としか書かれていない。りんごとも、ぶどうとも、さくらんぼとも言わない。ただしこの「果実」は第九号イの括弧書きを引き継ぐ語で、そこではなつめやしの実その他政令で定めるものを除くと書いたあとに以下この条において同じと付く。名で呼ばれた果実は、外されるほうの一つだけである。ところが一つ上の第十五号、ウイスキーの定義は発芽させた穀類と書く。四つ上の第十二号、ビールの定義は麦芽、ホップ及び水と原料を名指しする。清酒は米、米こうじ及び水で組み立てられている。穀物の側は品目の定義そのものが固有の名でできているのに、果実の側は最後まで「果実」の二文字で通される。

牡蠣もかつお節も名指しするのに

この落差はもっと極端なところにも出る。ビールに香りや味を付けてよい物品は、施行令が「果実…又はコリアンダーその他の財務省令で定める香味料」と受け、その財務省令が七つの号で具体名を並べている。

一 こしよう、シナモン、クローブ、さんしようその他の香辛料又はその原料
二 カモミール、セージ、バジル、レモングラスその他のハーブ
三 かんしよ、かぼちやその他の野菜(野菜を乾燥させ、又は煮つめたものを含む。)
四 そば又はごま
五 蜂蜜その他の含糖質物、食塩又はみそ
六 花又は茶、コーヒー、ココア若しくはこれらの調製品
七 かき、こんぶ、わかめ又はかつお節

酒税法施行規則第四条第二項

香辛料もハーブも野菜も、そばもごまも蜂蜜もみそも、花も茶もコーヒーもココアも、牡蠣も昆布もわかめもかつお節も、名前で呼ばれている。ところがこの七つの号に、果物の名は一つも出てこない。果実は上位の政令のほうで「果実」とだけ書かれて、そこで止まっている。名指しの細かさと、果実がここでは名を持たないことの落差が、いちばんはっきり見える場所である。

ちなみに果実酒に浸してよい植物は、施行令がオーク(チップ状又は小片状のものに限る。)と一種類だけ名指ししている。しかもこれは、なつめやしの実を外したのと同じ第七条である。同じ条が木には名を与え、果実の側では外すほうにだけ名を使っている。

関税率表のりんごは六か所|蒸留した瞬間に名前が消える

関税率表のりんごは六か所|蒸留した瞬間に名前が消える
りんごの酒をグラスに注いだ一例

国境で品物に番号を振る側に移ると、景色が変わる。関税定率法の全文は五十一万六千六百十一字あり、そのなかに「りんご」は六か所ある。並べると、りんごが加工されていく順にきれいに並んでいるのがわかる。

生の果実から機械まで

関税定率法別表に現れる「りんご」六か所
場所 書かれ方 基本税率
第〇八・〇八項 項の見出しが「りんご、梨及びマルメロ(生鮮のものに限る。)」 —
〇八〇八・一〇 号の名がそのまま「りんご」 二〇%
〇八一三・三〇 乾燥果実としての「りんご」 一五%
第二〇・〇九項 「りんごジュース」というまとまりの下に二〇〇九・七一と二〇〇九・七九 条件により変動
二二〇六・〇〇 「その他の発酵酒(例えば、りんご酒、梨酒、ミード及び清酒)」 条件により変動
第八四・三五項 「ぶどう酒、りんご酒、果汁その他これらに類する飲料の製造用」の機械 無税

生の果実には号の名そのものが与えられ、乾かしたものにも、搾ったジュースにも番号がある。発酵させた段階では、清酒と同じ括弧のなかに例として名が出る。そして最後の一行が変わっている。ぶどう酒やりんご酒を造るためのプレスと破砕機に、独立した項が立っているのである。

プレス、破砕機その他これらに類する機械(ぶどう酒、りんご酒、果汁その他これらに類する飲料の製造用のものに限る。)

関税定率法別表 第八四・三五項(八四三五・一〇 機械 無税/八四三五・九〇 部分品 無税)

第二二・〇八項に、りんごの席は無い

ところが、その発酵させたりんご酒を蒸留した瞬間に、名前が消える。蒸留酒が集まる第二二・〇八項の号は七つ。うち六つは中身が名指しされているが、果実の名で立っているのはぶどうの一つだけで、残る一つは受け皿である。七つとも並べる。

第二二・〇八項の七つの号(二二〇八・二〇から七〇までは基本税率が無税。九〇は細分ごとに定める)
号 号の名
二二〇八・二〇 ぶどう酒又はぶどう酒もろみの搾りかすから得た蒸留酒
二二〇八・三〇 ウイスキー
二二〇八・四〇 ラムその他これに類する発酵したさとうきびの製品から得た蒸留酒
二二〇八・五〇 ジン及びジュネヴァ
二二〇八・六〇 ウオッカ
二二〇八・七〇 リキュール及びコーディアル
二二〇八・九〇 その他のもの

ぶどうの蒸留酒には自分の号がある。さとうきびにもある。穀物のウイスキーにもあり、ジンにもウオッカにもある。りんごの蒸留酒には、専用の号が無い。りんごだけが特別に外されているのではなく、ぶどう以外の果実はどれも同じ扱いで、さくらんぼも洋なしもすももも自分の号を持たない。ただし、生果から乾燥、ジュース、発酵酒、機械まで名で追われたうえでそこを失うのはりんごである。落差があるのはりんごの側だ。行き先は二二〇八・九〇のその他のもので、その内側の細分にようやくフルーツブランデーという括りが現れる。名が無いのではなく、りんごという名では呼ばれない、というのが正確なところだ。

ここまでを一続きに読むと、国はりんごの酒を、造る機械の段階から発酵させた段階までは名前で追いかけている。追いかけるのをやめるのは、蒸留したあとである。そして国内の酒税法に戻ると、りんごの三文字は清酒の酸として一度出るだけになる。ジンベースのカクテルの解説記事では同じ第二二・〇八項を、名前を与えられた側から見ている。

酒を離れると、国はりんごを細かく測っている

酒を離れると、国はりんごを細かく測っている
卓に置かれたりんごとグラスの一例

「りんご」という語を e-Gov の全法令横断検索で叩くと、二十二本の法令の四十四の文が返ってくる。そのうち酒税を課す側の法令は、さきほどの酒税法施行規則の一本だけである。残りの二十一本のうち三本は、関税定率法と関税暫定措置法とその施行規則で、これも酒に触れている。ほかの十八本は、まったく別の物差しでりんごを測っている。三つだけ引く。

りんごの木は税のうえで二十九年

税の世界では、果樹は建物や機械と同じく「時間とともに価値が減る資産」として扱われる。何年で減るかを決めているのが減価償却資産の耐用年数等に関する省令で、その別表第四が生物の耐用年数表になっている。

別表第四(生物の耐用年数表)の果樹などの一部
種類 細目 耐用年数
りんご樹 わい化りんご 二〇年
りんご樹 その他 二九年
かんきつ樹 温州みかん/その他 二八年/三〇年
ぶどう樹 温室ぶどう/その他 一二年/一五年
かき樹 — 三六年
パイナップル — 三年

ここでいう年数は木の寿命ではなく、取得にかかった費用を何年かけて費用に振り替えるかという償却の期間である。国はりんごの木にその年数を二十九年と割り当て、わい化栽培ならそれを二十年に縮めている。この一枚の表だけで、かんきつからパイナップルまで十六種の果樹が名前で並び、梅もかきもすももも自分の行を持っている。酒税法系の三本が果実を三つしか名指ししないのと、同じ国の同じ税の話である。

無線では「り」を「りんごのリ」と送る

もっと意外なところにも名がある。無線局運用規則の別表第五号は通話表で、その一が和文通話表である。無線で一文字ずつ確実に伝えるために、仮名の一つずつに言葉が割り当てられている。

ラ ラジオのラ/リ りんごのリ/ル るすいのル/レ れんげのレ/ロ ローマのロ

無線局運用規則別表第五号 通話表(第十四条関係)一 和文通話表のラ行

「ア 朝日のア」から始まり「ン おしまいのン」で終わる仮名の並びのなかで、りんごは「リ」の担当をしている。表はこのあと濁点と半濁点、数字、記号へ続く。食べ物としてでも農産物としてでもなく、聞き間違いを防ぐための言葉としてりんごが呼ばれるのは、二十二本のなかでここだけである。

海に出しても有害でない二十のうちの一つ

三つ目は海である。海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律施行令の第一条の三は、法律のいう「海洋環境の保全の見地から有害でない物質」を別表第一の二で定めると書いている。その別表は一号から二十三号までしかない。

一 塩化カリウム溶液(濃度が二十六重量パーセント未満のものに限る。) 二 オレンジ果汁 三 カオリン 四 還元でん粉加水分解物 (中略) 十八 水 十九 りんご果汁 二十 レシチン

海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律施行令別表第一の二(第一条の三関係)

有害な側を定める別表第一のほうは、X類・Y類・Z類に分かれ、名指しされた物質だけで数百に及ぶ。それに対して「有害でない」と国が言い切った側は二十三号しかなく、しかも物質名が並ぶのは二十号までで、残る三号は指定と査定と混合物の受け皿である。果汁はオレンジとりんごの二つだけだ。りんごの果汁は、船から出しても海にとって有害ではないと国が名前で認めた、数少ない物のひとつになっている。

いま引いた三本を除く十五本も、農業共済の対象、植物の検疫、食品の表示、物価の調査といったぐあいに、それぞれの物差しでりんごを測っている。果実と土地のつながりを国がどこで書いているかについてはワインの解説記事で別の角度から追っている。そちらの結論は、語り口の中心にある言葉ほど法令に見当たらない、というものだった。

りんごという一つの果物をめぐって、国は償却の年数を決め、無線の一文字を託し、海にとって有害かどうかまで決めている。りんごという名で呼ばないのは、酒になったあとだけだ。関税率表は発酵させるところまでは名で追い、酒税法はそもそも果実を名で呼ばない。ジャックローズという名前が語源をめぐって決着していないのと、どこか似た形をしている。

よくある質問

よくある質問
カクテルグラスを描いた図の一例
ジャックローズはどんなカクテルですか。

りんごから造ったブランデー(アップルジャックやカルヴァドス)に、ライム果汁とグレナデンシロップを合わせてシェークするショートカクテルです。氷を入れずにカクテルグラスで供します。赤い色はグレナデンのぶんで、ベースのブランデー自体は赤くありません。禁酒法の前後にアメリカで広まり、古典として残りました。

黄金比はどれくらいですか。

アップルブランデー四十五ミリリットル、ライム果汁十五(酸を立てるなら二十)ミリリットル、グレナデンシロップ十五ミリリットルが標準です。ベース三に対して柑橘一、グレナデン一と覚えると早いです。グレナデンを増やせば色が濃く甘くなり、ライムを増やせば後口が締まります。まず標準で作り、片方だけを動かして好みを探してください。

度数はどのくらいになりますか。

およそ二十から二十四パーセントです。四十パーセントのブランデー四十五ミリリットルに含まれる純アルコールは十八ミリリットルで、材料の合計七十五ミリリットルで割ると二十四パーセント、シェークで氷が二割ぶん解けたとみて九十ミリリットルで割ると二十パーセントになります。幅が出るのは分母の取り方が二通りあるからで、氷の解けを測る決まりは制度の側にありません。

カロリーはどのくらいですか。

標準の配合でおよそ百五十五キロカロリーです。内訳はブランデーが約百一、グレナデンが約五十、ライム果汁が約四です。エタノールを一グラム七・一キロカロリー、密度を〇・七八九グラム毎ミリリットルとして計算しています。抑えたいときは、シロップの量を十ミリリットルに減らすのが効きます。

ベースはアップルジャックとカルヴァドスのどちらがよいですか。

古典に忠実にしたいならアップルジャック、入手のしやすさと仕上がりの華やかさを取るならカルヴァドスです。日本では後者のほうが選択肢が広く、若いものやVSOPで十分においしくなります。長期熟成のものは樽の甘い香りが前に出るので、まずは若いものから試すのが無難です。

グレナデンシロップは何でできていますか。

本来はざくろの果汁を煮詰めた赤いシロップです。ただし製品によっては、糖類と酸味料と着色料と香料で組まれ、ざくろが入っていないものもあります。「グレナデンシロップとはこういうものだ」と中身を定義した条文は法令に見当たらないため、幅が出ます。選ぶときは名前ではなく原材料表示を見てください。なお「グレナデン」という語は、e-Gov の全法令横断検索では一件も返ってきません。

酒税法にりんごという語は本当に一度しか出てこないのですか。

酒税法の本体には一度もありません。施行令にもありません。施行規則に一度だけあり、それは第十三条第八項第一号の「清酒 乳酸、こはく酸又はりんご酸」です。果実の名ではなく有機酸の名で、しかも守っている酒は清酒です。三本を合わせた十六万三千七百四十字を数えた結果です。

果物の名前は酒税法系にまったく出てこないのですか。

三つだけ出てきます。なつめやしと、ぶどう(やまぶどうを含む)と、梅です。なつめやしは酒税法と施行令では「果実」という語から除かれる側、施行規則では単式蒸留焼酎の原料として認められる側に現れます。ぶどうと梅は、消費者が自分で漬けるための混和をめぐって、梅は認める側、ぶどうは外す側に名前が出ます。りんごはどちらにもありません。

ブランデーの原料に果物の名は書かれていないのですか。

酒税法第三条第十六号イは原料を「果実」とだけ書いています。りんごともぶどうとも書きません。一方でウイスキーは「発芽させた穀類」、ビールは「麦芽、ホップ及び水」と名指しされています。ビールの香味料を定める施行規則第四条第二項も、香辛料やハーブや野菜、さらには昆布やかつお節まで名前で挙げていますが、その七つの号に果物の名は一つも出てきません。

りんごの蒸留酒には関税率表の番号が無いのですか。

番号が無いのではなく、専用の号が無いという意味です。第二二・〇八項で名前を与えられている号は、ぶどう酒の蒸留酒・ウイスキー・ラム・ジン・ウオッカ・リキュールの六つで、りんごから造った蒸留酒は「その他のもの」の二二〇八・九〇に入り、その内側の細分で「フルーツブランデー」と呼ばれます。発酵させた段階のりんご酒のほうは、二二〇六・〇〇の見出しに例として名前が出ています。

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