アブサンとは|EUに区分は無く、効くのはツヨン35mg/kg
アブサンの瓶を裏返すと、銘柄名の下に「品目」と「アルコール分」が小さく並んでいます。この酒には、その二行の外側に、国ごとにまったく違う物差しが当たっています。味の説明より先に、どの法域が何を測っているのかを見たほうが早い酒です。
欧州連合の蒸留酒規則には、アブサンという名前の区分がありません。官報版の全文を走査しても「absinth」という文字列は0件でした。パスティスやサンブーカが自分の番号を持つ一方で、アブサンには番号が振られていません。番号が無いのはアブサンだけではなく、ウーゾも同じです。そして酒の規則が決めるのは、瓶に印刷される法定名称までです。中身にミリグラム単位の線を引いているのは、香料の規則のほうでした。
アメリカは量ではなく有無で決めます。日本にはそのどちらの物差しもありません。酒税法の全文に「ツヨン」も「ニガヨモギ」も「アブサン」も一度も出てきません。ニガヨモギの名前が出てくるのは食薬区分のほうで、そこで問われるのは量ではなく「どの植物の、どの部位か」です。しかもニガヨモギは、その名前では載っていません。
この記事は三つの法域の原典を一本ずつ開いて、その物差しの違いを確かめます。味とスタイルの話は最初の章と比較表と、終わりの二章にあります。
アブサンとは何か ニガヨモギを使う高い度数の蒸留酒

緑の妖精と呼ばれた酒の中身
アブサンは、ニガヨモギを中心に薬草を高濃度のアルコールに漬け、多くは蒸留して香りを移した酒です。浸漬だけで仕上げるものもあります。仕上げに薬草を漬けると葉緑素が溶け出して緑色になり、これが「緑の妖精」という呼び名のもとになりました。色を付けない透明なものはブランシュ、スイスではラ・ブルーと呼ばれます。
多くのものは、味の中心にアニスの甘い香りとニガヨモギの苦みがあります。当店のアブサン22本の度数は45%から70%で、多くはそのまま飲むことを想定せず、水で薄めて飲むのが前提です。アニスを使うものは、水を注ぐと精油が溶けきれずに白く濁ります。この濁りをルーシュと呼びます。濁らないタイプは飲み方の章で触れます。
この記事が実際に走査した原典
この記事で使う数字と条文は、次の六つの原典を2026年8月12日に取得して直接確かめたものです。欧州連合の蒸留酒規則2019/787の官報版全文、同じく香料規則1334/2008の官報版と2020年12月3日時点の最終改正版、アメリカ連邦規則集21編172.510、厚生労働省の食薬区分の通知と、その食品衛生法上の取扱いを示す令和6年の通知、そして電子政府の法令データから取得した酒税法の本則と附則です。
EUの蒸留酒規則に「アブサン」という名前の区分は無い

44ある区分にアブサンという名前は無い
欧州連合で蒸留酒の名前を決めるのは規則(EU) 2019/787です。その附属書Iは「CATEGORIES OF SPIRIT DRINKS」と題され、ラムを1番、ウイスキーを2番として44番まで区分が並びます。アニスの一族はここに複数の席を持ち、25番がアニス風味の蒸留酒、26番がパスティス、27番がパスティス・ド・マルセイユ、28番がアニス、29番が蒸留アニス、36番がサンブーカです。
ところがアブサンには番号が振られていません。官報版のPDFから取り出した全文21万4千字あまりで、「absinth」は大文字と小文字を合わせて0件でした。附属書Iだけでなく本文にも前文にも一度も出てきません。同じことはウーゾにも当てはまり、「ouzo」も0件です。
Anis or janeževec
つまりEUには、パスティスの最低アルコール分は何度、といった細かい決めごとがある一方で、アブサンという名前の定義そのものが存在しません。
では法定名称は何になるのか
ここで注意が要ります。区分に当たるかを決めるのは名前ではなく要件です。「absinth」が0件でも、どの区分の要件も満たさないことにはなりません。第10条は、区分に当たる場合と当たらない場合を分けて書いています。
Spirit drinks that comply with the requirements of a category of spirit drinks set out in Annex I shall use the name of that category as their legal name, unless that category permits the use of another legal name.
A spirit drink that does not comply with the requirements laid down for any of the categories of spirit drinks set out in Annex I shall use the legal name ‘spirit drink’.
25番の要件を読むと、アニス風味の蒸留酒とは、スターアニス、アニス、フェンネル、または同じ主要香気成分を含む他の植物の天然抽出物で農産物由来のエチルアルコールに香りを付けたものを指します。製法は、浸漬か蒸留またはその併用、それらの植物の種子等を存在させた状態での蒸留、アニス系植物の天然蒸留抽出物の添加の三つのいずれか又は組み合わせです。最低アルコール分は15%。ただし条件が一つ付いています。
Other natural plant extracts or aromatic seed may also be used, but the aniseed taste shall remain predominant.
アニスを使う典型的なアブサンは、この要件に当てはまりえます。当てはまれば第10条第2項が働き、法定名称は「aniseed-flavoured spirit drink」です。いっぽうアニスをほとんど使わないチェコのボヘミアン式は、アニス味が支配的という(d)の条件を満たしません。その場合は第10条第3項が働き、法定名称は「spirit drink」になります。
どちらに転んでも結論は変わりません。ラベルに大きく Absinthe と書いてあっても、それは法定名称ではありません。第10条第6項が認める補足の表示、たとえば同項(b)の慣用名として、あるいは規則の外にある商標として乗っています。Pastis が法定名称そのものであるのとは立場が違います。
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アブサンとアニス系30本を並べて比較

下の表は、アブサン22本とアニス系8本の計30本の一覧です。後半で使う度数と産地の集計値は、この30本について当店が持つデータを数え直したもので、表に列として並ぶのは銘柄名と特徴と各社の価格です。表は横にスクロールできます。
| 画像 | 銘柄・スコア | 定価 市場相場 |
特徴 | リンクサス酒販 本命 |
Amazon | 楽天 | 買取 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
1位
|
ペルノ アブサン 750ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
1805年創業ペルノが手がける歴史的アブサンの現代復刻。緑色の蒸留スタイルの基準。 |
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| 2位 | ラ・フェ アブサン パリジャン 700ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
2000年に英国で合法販売された現代アブサンの草分け。緑の妖精復活の象徴的存在。 |
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| 3位 | ルシッド アブサン 750ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
2007年に米国の認可を通過した解禁の象徴。フランスの蒸留家T.A.ブロー監修。 |
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| 4位 | キューブラー アブサン 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
アブサン発祥の地スイス・ヴァル=ド=トラヴェール産の無色「ラ・ブルー」。 |
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| 5位 | マンサント 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ミュージシャン、マリリン・マンソン監修。スイスの蒸留所が手がける本格ヴェルト。 |
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| 6位入手困難 | ラ・クランデスティーヌ 700ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
密造時代のレシピを受け継ぐスイスのラ・ブルー。柔らかな薬草感が高く評価される。 |
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| 7位入手困難 | デュプレ ヴェルト 700ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
19世紀の処方書を再現したスイスの本格ヴェルト。古典的なアブサンの味わい。 |
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| 8位 | ヴュー・ポンタリエ 700ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
アブサンの聖地ポンタリエで蒸留される伝統銘柄。土地の歴史を映す正統派。 |
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| 9位入手困難 | ジェイド C.F. ベルジェ 700ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
禁止前のヴィンテージを分析して再現した復刻シリーズ。緻密な味わいの逸品。 |
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| 10位入手困難 | ジェイド ヌーヴェル・オルレアン 700ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
19世紀ニューオーリンズのスタイルを再現したジェイドの一本。華やかな香り。 |
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11位
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グランド アブサン 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
度数69%の力強いフレンチヴェルト。ニガヨモギの苦みがしっかり感じられる。 |
LINXASで探すコレクション | 価格を見るAmazon | ¥4,801 楽天 | 査定 買取 | |
12位
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アブサント 700ml ★★★☆☆3/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
サザンウッドを使う飲みやすいフレンチスタイル。穏やかでアニス感が親しみやすい。 |
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13位
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ヴェルサント 700ml ★★★☆☆3/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
プロヴァンス産。浸漬法で造る穏やかでアニス感の強い飲みやすいスタイル。 |
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| 14位 | ラ・メゾン・フォンテーヌ ブランシュ 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ポンタリエの老舗蒸留所由来の無色ブランシュ。クリアで上品な薬草感。 |
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| 15位 | オブセロ 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
スペイン産アブセンタ。オーガニック原料を用いた現代的でなめらかな一本。 |
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| 16位 | ヒルズ アブサン 700ml ★★★☆☆3/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
チェコの「ボヘミアン式」。アニスをほぼ使わず、火をつける儀式で世界に広まった。 |
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| 17位入手困難 | キング・オブ・スピリッツ ゴールド 500ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ニガヨモギを瓶に封入したチェコの高ツヨン系。刺激の強い愛好家向け。 |
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| 18位 | セントジョージ アブサン ヴェルト 750ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
2007年の米国解禁初日に発売されたカリフォルニアのクラフト蒸留。 |
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| 19位入手困難 | レオポルド・ブラザーズ アブサン ヴェール 750ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
コロラドの兄弟蒸留所が手がける本格派。手仕事感のある緻密な味わい。 |
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| 20位 | テネイソン アブサン ロワイヤル 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
エレガントな現代フレンチヴェルト。度数控えめで香りのバランスがよい。 |
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| 21位 | ラ・フェ アブサン スイス ブランシュ 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ラ・フェのスイス・ブランシュ。クリアでフローラルな現代的ラ・ブルー。 |
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| 22位入手困難 | ドワーズ・ミスティーク 700ml ★★★★★5/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ポンタリエ伝統製法のプレミアムヴェルト。複雑で奥行きのある味わい。 |
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23位
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ペルノ パスティス 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
アブサン禁止後に広まったアニスリキュールの代表格。水で割ると白濁する。 |
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24位
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リカール 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
マルセイユ生まれの国民的パスティス。アニスと甘草の香りが豊か。 |
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25位
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パスティス51 700ml ★★★☆☆3/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ペルノ系のもうひとつの定番パスティス。すっきりとした飲み口。 |
LINXASで探すコレクション | 価格を見るAmazon | ¥2,974 楽天 | 査定 買取 | |
| 26位 | ウーゾ12 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ギリシャのアニス蒸留酒。メゼと合わせる食中酒として親しまれる。 |
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27位
|
サンブーカ モリナリ 700ml ★★★★☆4/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
イタリアのアニスリキュール。コーヒー豆を浮かべるコン・モスカが有名。 |
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| 28位 | ラク エフェ 700ml ★★★☆☆3/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
「ライオンのミルク」と呼ばれるトルコの白濁する国民酒。 |
LINXASで探すコレクション | 価格を見るAmazon | 楽天で探す 商品名検索 | 査定 買取 | |
29位
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アラック 700ml ★★★☆☆3/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
ぶどう蒸留にアニスを加える中東の伝統酒。水と氷で白濁させて飲む。 |
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30位
|
マリー・ブリザール アニゼット 700ml ★★★☆☆3/ リンクサス専属ソムリエスコア |
💎 プロのおすすめ
砂糖を加えた甘口のアニスリキュール。度数は低く製菓やカクテルにも。 |
LINXASで探すコレクション | 価格を見るAmazon | ¥2,948 楽天 | 査定 買取 |
中身を縛るのは香料規則のツヨン上限

酒の規則が決めるのは、ここまでで名前の話です。瓶の中身に数値の線を引くのは別の規則でした。規則(EC) No 1334/2008の附属書IIIに、ツヨンの名前が二回出てきます。一回目は禁止の側、二回目は上限の側です。
ツヨンは「そのまま加えてはならない」側にある
附属書IIIのパートAは、食品にそのまま加えてはならない物質のリストです。
Substances which shall not be added as such to food
このリストにクマリンやサフロールと並んで載るのが次の一行です。
Thujone (alpha and beta)
ここが制度の要です。ツヨンは精製した成分として足せません。アブサンにツヨンが入ってよいのは、ニガヨモギを使った結果として移ってくるぶんだけです。原料から来たものと、あとから足したものが、同じ成分でも扱いを分けられています。
35と10と0.5という三段の線
では移ってきたぶんはどこまで許されるのか。それを決めるのがパートBです。表題は長いのですが、対象がはっきり書かれています。
Maximum levels of certain substances, naturally present in flavourings and food ingredients with flavouring properties, in certain compound food as consumed to which flavourings and/or food ingredients with flavouring properties have been added
その表で、ツヨンには三つの行が割り当てられています。切り方が、この記事の主題そのものです。
| 対象となる食品 | 最大量(mg/kg) | ヨモギ属を使うか |
|---|---|---|
| ヨモギ属から製造されたもの以外のアルコール飲料 | 10 | 使わない |
| ヨモギ属から製造されたアルコール飲料 | 35 | 使う |
| ヨモギ属から製造されたノンアルコール飲料 | 0.5 | 使う |
Alcoholic beverages produced from Artemisia species
この表には、ふつうの規制と逆に見えるところがあります。ヨモギ属を使わない酒は10mg/kgまでなのに、使った酒は35mg/kgまで許されるのです。ニガヨモギを使う酒があることを前提に線が引かれている、と読める構造です。
いっぽう同じヨモギ属でも、アルコールが入らない飲料は0.5mg/kgまでで、35と0.5には70倍の開きがあります。この三行を分けている変数は、ヨモギ属を使うかどうかと、アルコール飲料かどうかの二つです。ただし四通りすべてに行があるわけではなく、ヨモギ属を使わないノンアルコール飲料の行も、飲料以外の食品の行もありません。線が引かれているのは飲料の範囲です。アブサンという名前は、この表のどこにも出てきません。銘柄でも製法でもなく、原料に使った植物の属と、酒かどうかで決まっています。
なお、この三行は2008年の官報版と2020年12月3日時点の最終改正版で、対象の書き方も数値も一致していました。制定から今日まで動いていないことになります。
アメリカは量ではなく「有無」で決める

ニガヨモギに付いている条件は一行だけ
アメリカでは、ニガヨモギは食品香料の側から規定されます。連邦規則集21編172.510は、香料に使ってよい天然物を表の形で並べた条文です。
Natural flavoring substances and natural substances used in conjunction with flavors
この表は名称、学名、使用条件の三列です。ニガヨモギの行はこうです。
| 名称 | 学名 | 使用条件 |
|---|---|---|
| Artemisia (wormwood) | Artemisia spp | Finished food thujone free |
Finished food thujone free
数値がありません。EUが35mg/kgという量で線を引いたのに対して、アメリカは完成した食品にツヨンが無いこと、という有無の条件を付けています。大事なのは、この「無い」の意味が条文の中で定義されている点です。条件欄の末尾の注はこう書いています。
As determined by using the method (or, in other than alcoholic beverages, a suitable adaptation thereof) in section 9.129 of the “Official Methods of Analysis of the Association of Official Analytical Chemists,” 13th Ed. (1980), which is incorporated by reference.
つまりツヨンが無いとは、ゼロという意味ではありません。1980年版のAOAC公定分析法9.129という特定の方法で測って検出されない、という意味です。条文は数値を書かず、測り方のほうを引用の形で取り込んでいます。量で決めるEUと、方法で決めるアメリカという違いです。
五つの原材料 ただし範囲は書き分けられている
ツヨンに関する条件が付いているのは、ニガヨモギだけではありません。条文全体を走査すると、五つの原材料に同じ趣旨の条件が付いています。
| 名称 | 学名 | 使用条件 |
|---|---|---|
| Artemisia (wormwood) | Artemisia spp | Finished food thujone free |
| Cedar, white (aborvitae), leaves and twigs | Thuja occidentalis L | Finished food thujone free |
| Oak moss | Evernia prunastri (L.) Ach., E. furfuracea (L.) Mann, and other lichens | Finished food thujone free |
| Tansy | Tanacetum vulgare L | In alcoholic beverages only; finished alcoholic beverage thujone free |
| Yarrow | Achillea millefolium L | In beverages only; finished beverage thujone free |
In alcoholic beverages only; finished alcoholic beverage thujone free
ニガヨモギの条件が「完成した食品」を主語にしているのに対して、タンジーは酒類にしか使えず完成した酒にツヨンが無いこと、ヤロウは飲料にしか使えず完成した飲料にツヨンが無いこと、と書き分けられています。植物ごとに、使える範囲と検査対象の完成品を指定する作りです。
日本にツヨンの数値は無い 効くのは食薬区分

酒税法の全文にツヨンもニガヨモギも出てこない
日本の制度に移ります。まず酒の法律から。電子政府の法令データから酒税法を本則と附則まとめて取得し、平坦化したテキスト約182,600字を走査しました。この字数には構造タグの名前が約76,400字含まれるので、条文本体はおよそ106,200字です。どちらで数えても結果は変わりません。
| 検索した語 | 出現数 |
|---|---|
| アブサン | 0 |
| ツヨン | 0 |
| ニガヨモギ | 0 |
| よもぎ/ヨモギ | 0 |
| 薬草 | 0 |
| エキス分 | 10 |
銘柄名も、ツヨンのような成分名も、アブサンが使う薬草の名前も一度も出てきません。出てくるのは米や麦やホップといった原料の種類のほうです。それでも一本ごとに品目が決まり、税額が決まります。酒税法が測っているのが成分ではなく、原料の種類と数値だからです。この点は次の章で確かめます。
ニガヨモギは「クガイ」という名前で載っている
では日本でニガヨモギを扱うのはどの制度か。食薬区分と呼ばれる仕組みです。ある植物が医薬品にしか使えないものか、食品にも使えるものかを、厚生労働省が例示の形で示します。例示は令和2年3月31日付け薬生監麻発0331第9号にまとめられており、別添1と別添2に二つのリストが置かれています。この通知には令和3年11月1日付け薬生監麻発1101第2号による一部改正があり、この記事が本文を確認したのは令和2年時点の版です。
専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リスト
医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質(原材料)リスト
ニガヨモギがどちらにいるかを「ニガヨモギ」で名称欄から探しても見つかりません。このリストは名称、他名等、部位等、備考の四列で、ニガヨモギは名称欄ではなく他名等の欄に入っているからです。名称欄に立っているのは、カタカナの「クガイ」です。
| 名称 | 他名等 | 部位等 | 備考 |
|---|---|---|---|
| クガイ | ニガヨモギ/ワームウッド | 茎枝 | (記載なし) |
| ヨモギギク | タンジー | 全草 | (記載なし) |
クガイ ニガヨモギ/ワームウッド 茎枝
部位等の欄に書かれているのは「茎枝」です。この欄の意味は、リストの末尾の注が説明しています。
リストに掲載されている成分本質(原材料)のうち、該当する部位について、「部位等」の欄に記載している。
備考欄は空です。この欄の意味も注が定めています。
備考欄の「医」は「専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リスト」に掲載されていることを示す。
同じリストのクコの行には備考に「根皮は「医」」、クズの行には「根(カッコン)は「医」」とあります。他の部位が別添1に載るものは、こうして書き分けられています。クガイの備考は空欄なので、その書き分けはされていません。
読み落としやすい点が一つあります。部位等の欄が「茎枝」だということは、このリストが扱うのが茎と枝だという意味です。備考が空欄なのは、他の部位が別添1に載っているという書き分けが無いという意味であって、他の部位も別添2に載っているという意味ではありません。部位で判定する以上、欄に無い部位まで同じ扱いが及ぶとは読めません。
変数を並べ直すと、日本の判定は「植物」と「部位」で動いています。ツヨンという成分の量は材料になっていません。実際、この通知の全文でも「ツヨン」は0件でした。EUが量で、アメリカが方法で決めたところを、日本は成分に触れずに決めています。
日本の酒税法ではどの品目になるのか

エキス分二度がスピリッツとリキュールを分ける
ラベルの品目欄に印刷される語の中身を決めているのは、酒税法第3条です。アブサンに関係するのは第20号と第21号です。まず第20号。
スピリッツ 第七号から前号までに掲げる酒類以外の酒類でエキス分が二度未満のものをいう。
第21号です。
リキュール 酒類と糖類その他の物品(酒類を含む。)を原料とした酒類でエキス分が二度以上のもの
二つを分けているのはエキス分二度という一本の線です。エキス分とは、おおまかには液に溶けている不揮発性の成分の量で、糖を加えれば増えます。甘みを加えないアブサンは、ふつう二度に届かないのでスピリッツの側に入ります。
この線の詳しい話は、スピリッツとは 酒税法が決める品目の話とリキュールとは 酒税法が決めるエキス分二度の境目にそれぞれまとめてあります。押さえておきたいのは、この二つの号が使っているのがエキス分という数値と、何を原料にしたかと、他の号に当たらないことの三つだけだという点です。アルコール分は第20号には一度も現れません。第21号の「アルコール分一度以上」も、粉末酒を除くかっこ書きの中の記述で、スピリッツとリキュールを分ける基準ではありません。薬草の種類も産地も出てきません。ニガヨモギを使うかどうかは、日本の品目判定には影響しません。
甘口をうたうものは線の向こう側に寄る
この線が実物のうえでどう働くかを類型で見ておきます。甘口をうたうアニゼットやサンブーカは、糖を加えることが持ち味です。サンブーカはEUの36番が転化糖換算で1リットルあたり350グラム以上を要件にしているほどで、この量ならエキス分は二度をはるかに超えます。こうしたものは第21号のリキュールの側に寄ります。
いっぽうパスティスは、EUの26番が1リットルあたり100グラム未満の糖を許容します。許容されているだけなので実際の量は銘柄ごとに違い、この帯には二度に届くものも届かないものも入ります。
大事なのは、線を決めているのが度数ではないという点です。度数25%のアニゼットのように帯のいちばん下にあるものが糖のせいで第21号側へ寄ることもあれば、70%のアブサンが第20号側に入ることもあります。どちらの品目かは、度数の高低からは決まりません。
では品目が分かれると何が変わるのか。ラベルの品目欄に印刷される語がスピリッツかリキュールかで変わり、酒税の根拠となる号も変わります。飲む側の扱いや買える場所が変わるわけではありません。
度数の実像とアニス系との境目

比較表30本の度数分布
アブサンの度数は45%から70%と紹介されることが多いので、その数字を30本のデータから数え直しました。アブサン22本は、いちばん低いヴェルサントの45%から、いちばん高いヒルズとキング・オブ・スピリッツ ゴールドの70%まで。最多は68%で5本、中央値は65%、22本のうち14本が60%以上でした。
| タイプ | 本数 | 度数の範囲 | 多い度数 |
|---|---|---|---|
| アブサン | 22 | 45%〜70% | 68%(5本) |
| アニス系スピリッツ(パスティス・ウーゾ・ラク・アラック・サンブーカ) | 7 | 40%〜50% | 40%と45%が各3本 |
| アニス系リキュール(アニゼット) | 1 | 25% | 25%(1本) |
産地は9か国。フランスが16本、発祥地のスイスが5本、ボヘミアン式のチェコが2本、アメリカが2本、スペイン、ギリシャ、イタリア、トルコ、レバノンが各1本です。25本がこの四か国に集まるのは、アブサンの作り手が偏っているためです。残る5本のうちスペインの1本はアブサンで、ギリシャ・イタリア・トルコ・レバノンの4本がアニス系の分布を映しています。
番号を持つものと持たないもの
最初の章に戻ります。附属書Iに名前がある区分は25番のアニス風味の蒸留酒、26番のパスティス、27番のパスティス・ド・マルセイユ、28番のアニス、29番の蒸留アニス、36番のサンブーカです。当店の8本でいえば、パスティス3本とサンブーカ1本が自分の番号を持ちます。
残るウーゾとラクとアラックとアニゼットには、名前の付いた区分がありません。番号を持たないのはアブサンだけではなく、アニスの一族でも混ざっています。
それでも差は残ります。パスティスの瓶のPastisは規則が定義する法定名称ですが、アブサンの瓶のAbsintheは、附属書Iのどの区分に当てはまっても、その区分名にはなりません。味や品質の差ではなく、規則が名前を用意したかどうかの差です。
度数の高い酒はアルコール度数が高いお酒ランキングに他ジャンルも並べます。
飲み方と保存 白濁の理由と火をつける流儀

水を注いで白濁させる
もっとも一般的なのは、グラスに注いだアブサンへ冷水をゆっくり落とす飲み方です。専用の穴あきスプーンに角砂糖を載せ、その上から水を垂らします。水の量は好みですが、原液の3倍から5倍が目安です。68%の一本を4倍に割れば14%前後、45%の一本を5倍に割れば一桁台まで下がります。
白く濁るのは、アニスなどの精油が水に溶けきれず、細かい粒になって光を散らすためです。アルコール濃度が高いあいだ溶けていた成分が、水で薄まって析出します。同じ現象はパスティスやウーゾ、ラクでも起きるので、白濁はアブサンに固有のものではありません。逆に、アニスをほとんど使わないチェコのボヘミアン式のように、アブサンでありながら水を加えても濁らないものもあります。濁るかどうかを決めるのは名前ではなく、アニス系の精油の有無です。
チェコで広まった、砂糖に火をつけてから水を落とす流儀もあります。これは20世紀の終わりごろに観光向けの演出として定着したもので、19世紀のパリの作法ではありません。度数の高い液体のそばで火を扱うので、まねをするなら周囲に燃えやすいものを置かないでください。アブサンを使うカクテルとしてはサゼラックがよく知られています。
高い度数の瓶をどう置くか
度数が高い蒸留酒は、開封していなければ品質が大きく動きません。直射日光の当たらない場所に瓶を立てて置いてください。寝かせるとコルクが常時アルコールに触れて傷みやすくなります。緑色のものは光で色が抜けるので、箱があれば箱ごと保管するのが確実です。
開封後も腐りませんが、香りの軽い成分から先に飛びます。残量が減ると瓶の中の空気が増えて進みが早くなるので、半分を切ったら早めに飲みきるか、手放すかを考えることになります。
飲まないアブサン・洋酒の査定と買取

棚に置いたまま飲まない一本や、度数が高くて手が出ない一本はリンクサスで査定をお受けしています。アブサンやパスティスのような薬草系・アニス系も対象です。品揃えの入れ替えでまとめて手放す場合もご相談ください。
お問い合わせと商品のご案内はリンクサス酒販からどうぞ。当日14:00までのご注文で当日発送です。
よくある質問

アブサンはEUではどう定義されていますか。
アブサンという名前の定義はありません。附属書Iの44区分にその名前は無く、官報版の全文でも「absinth」は0件でした。ただし区分に当たるかは名前ではなく要件で決まります。アニスを使う典型的なものは25番のアニス風味の蒸留酒の要件に当てはまりえ、その場合の法定名称は「aniseed-flavoured spirit drink」です。アニスをほとんど使わないボヘミアン式のように要件を満たさないものは、第10条第3項により「spirit drink」になります。いずれにしてもAbsintheという語は法定名称ではありません。
ツヨンの上限は何mg/kgですか。
規則(EC) No 1334/2008 附属書III パートBでは、ヨモギ属から製造されたアルコール飲料が35mg/kg、ヨモギ属から製造されたもの以外のアルコール飲料が10mg/kg、ヨモギ属から製造されたノンアルコール飲料が0.5mg/kgです。この三つの数値は2008年の官報版と2020年12月3日時点の最終改正版で一致していました。
ツヨンを後から足すことはできますか。
できません。同じ附属書IIIのパートAが、そのまま食品に加えてはならない物質としてツヨン(アルファ及びベータ)を挙げます。35mg/kgという上限は、原料の植物から自然に移ってきたぶんに対する上限です。
アメリカの規制はEUと同じですか。
違います。連邦規則集21編172.510はニガヨモギの使用条件を「Finished food thujone free」と書いており、量ではなく有無で決めています。しかもその「無い」は、注1が引用する1980年版AOAC公定分析法9.129で測ったときに検出されないという意味で、条文自体に数値は書かれていません。なお確かめたのは食品香料の側の条文だけです。
日本にツヨンの上限はありますか。
この記事で走査した二つの原典には、数値の上限はありませんでした。酒税法の全文に「ツヨン」「ニガヨモギ」「アブサン」はいずれも0件で、食薬区分の通知にも「ツヨン」は0件です。食薬区分は、成分の量ではなく植物と部位で判定する仕組みになっています。走査していない他の法令や告示までは確かめていません。
ニガヨモギは日本で食品に使えますか。
食薬区分の例示では、ニガヨモギは「クガイ」という名称で別添2の「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質(原材料)リスト」に載っており、部位等の欄は「茎枝」、備考欄は空欄です。ここで担保されているのは茎と枝であって、他の部位まで同じ扱いが及ぶとは読めません。ただしこれは医薬品に当たるかどうかの判定で、食品としての安全性や添加物としての扱いは別の枠組みです。欄に無い部位が自動的に医薬品になるわけでもありません。
アブサンは日本の酒税法でどの品目になりますか。
甘みを加えずに薬草を漬けて蒸留したものは、エキス分が二度に届かないため酒税法第3条第20号のスピリッツに当たるのが通例です。糖を加えてエキス分が二度以上になるものは第21号のリキュールに移ります。エキス分は瓶の外から分かる数値ではないので、実際の品目はラベルの品目欄でご確認ください。ニガヨモギを使っているかどうかは品目判定に影響しません。
アブサンとパスティスは何が違いますか。
原料では、アブサンがニガヨモギを使うのに対して、パスティスは一般にこれを使わずアニスと甘草で香りづけします。制度では、パスティスが附属書Iの26番という自分の名前の区分を持つのに対して、アブサンにはその名前の区分がありません。当店のデータでは、アブサン22本が45%から70%、パスティスを含むアニス系スピリッツ7本が40%から50%と、度数の帯も分かれています。


















