クラフトビールとは|定義が無い言葉と、「手工業的」を国が書いた唯一の条文

クラフトビールとは|定義が無い言葉と、「手工業的」を国が書いた唯一の条文

クラフトビールという言葉に、日本の法令上の定義はありません。「クラフト」を名乗るための基準を国が置いていないので、基準に照らして止める仕組みもありません。ところが「手工業的」という言葉なら、国が条文に一度だけ書いています。伝統的工芸品産業の振興に関する法律の第二条第一項第二号です。そして酒の「わざ」のほうは、文化財保護法の登録無形文化財という別の入口で一度だけ認められました。二〇二一年十二月の「伝統的酒造り」です。五つの法令を全文で開くと、十四万千百五十四字のどこにも「酒」も「ビール」も「クラフト」も出てきません。それでもこの二つの制度は、クラフトビールの「手仕事」がどこで測られていないのかを、はっきり示します。

クラフトビールとは|日本の法令に「クラフトビール」という語は無い

クラフトビールとは|日本の法令に「クラフトビール」という語は無い
バーの棚に並ぶクラフトビールの参考画像

先に答え|三つだけ

一つ目。クラフトビールは、日本の法令が定義した言葉ではありません。e-Gov法令検索で現行法令を横断して引くと、「クラフトビール」も「地ビール」も零件です。「クラフト」単体なら六件ありますが、ホバークラフトやクラフトパルプ、美術の科目名といった用例で、酒とは無関係でした。

二つ目。定義が無いということは、クラフトという語そのものを審査する仕組みが無いということです。年に数百キロリットルの醸造所も、大手の子会社が造る一本も、この語に関しては同じだけ名乗れます。ただし表示が事実と違えば、景品表示法のような別のルールは定義の無い語にも及びます。

三つ目。それでも「手工業的」という言葉は、国の条文に存在します。ただし置かれている場所が酒ではありません。伝統的工芸品産業の振興に関する法律(昭和四十九年法律第五十七号。以下この記事では「伝産法」と略さず、そのつど法律名を書きます)の第二条第一項第二号です。

この記事が扱う範囲と、扱わない範囲

ビールという品目そのものの原料と麦芽比率はビールとは何か、ラガーやIPAといった呼び名を誰が決めているかはビールの種類は誰が決めているのか、発泡酒と新ジャンルの線引きは発泡酒とは、度数はビールのアルコール度数一覧、熱処理の有無は生ビールとはが扱っています。この記事では重ねず、名乗りの側だけを見ます。

代わりにこの記事が開くのは、五つの法令です。伝統的工芸品産業の振興に関する法律と同施行令・同施行規則、それに文化財保護法(昭和二十五年法律第二百十四号)と同施行令。全文の合計は十四万千百五十四字になります。

この五つに「酒」は零回、「ビール」も零回、「醸造」も「発酵」も「飲料」も「食品」も、そして「クラフト」も零回でした。「麦」も零回です。それでも読む価値があるのは、この五つが「手仕事を国がどう測るか」を書いた、ほとんど唯一の場所だからです。

「手工業的」と国が書いた条文は、酒ではなく工芸品の側にある

「手工業的」と国が書いた条文は、酒ではなく工芸品の側にある
朱塗りの盃を並べた参考画像

第二条第一項が並べる五つの要件

伝統的工芸品産業の振興に関する法律の第二条第一項は、こう始まります。

経済産業大臣は、産業構造審議会の意見を聴いて、工芸品であつて次の各号に掲げる要件に該当するものを伝統的工芸品として指定するものとする。
一 主として日常生活の用に供されるものであること。
二 その製造過程の主要部分が手工業的であること。
三 伝統的な技術又は技法により製造されるものであること。
四 伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられ、製造されるものであること。
五 一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているものであること。

伝統的工芸品産業の振興に関する法律 第二条第一項

この法律の本則は八千二百六字しかありません。その中で「手工業」という語が出てくるのは、いま引いた第二号の一箇所だけです。e-Gov法令検索で現行法令を横断して引いても、「手工業的」を含む法令はこの一本だけでした。

五つの要件のうち第二号と第五号は、クラフトビールの解説でよく見る「小規模」「地域性」と重なって見えます。ただし第五号が求めているのは規模の小ささではありません。少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事していることです。数えているのは規模ではなく、製造を行う者と従事する者の数になります。醸造所が一軒でも従事者が少なくなければ、条文の文言だけでは外れません。

入口に置かれた三文字に、定義は付いていない

見落としやすいのは、五つの要件の手前にある工芸品であつてという条件です。五つを満たすかどうかを見る前に、まず工芸品でなければならない。ところがこの法律に「工芸品」の定義はありません。本則にも施行令にも施行規則にも、「この法律において『工芸品』とは」に当たる規定がどこにもありません。

「工芸品」という語は本則に四十八回出てきますが、そのうち四十二回は「伝統的工芸品」の内側です。その四十二回の内訳も一様ではなく、十四回は「伝統的工芸品産業」という産業の名で、そのうち三回はさらに「伝統的工芸品産業振興協会」という団体の名です。品目そのものを指しているわけではありません。素の「工芸品」として使われているのは六回だけで、いずれも指定の入口か、申し出をする組合の説明に出てきます。定義しないまま入口に置かれている語、ということになります。

「百年以上の歴史」は、条文に書かれていない

伝統的工芸品を説明する記事では、しばしば「おおむね百年以上の歴史がある」という条件が挙げられます。第三号と第四号の「伝統的」を運用上どう測るか、という話です。

ただし法律・施行令・施行規則のいずれにも、「百年」という語はありません。伝統の古さを年数で測る条文は一つもなく、条文が書いているのは伝統的な技術又は技法と伝統的に使用されてきた原材料という言い方までです。年数の目安は条文の外にあります。

指定は、何を定めて行われ、どう解かれるか

第二条第二項は、指定のやり方を決めています。品目の名前だけを決めるのではなく、当該伝統的工芸品の製造に係る伝統的な技術又は技法及び伝統的に使用されてきた原材料並びに当該伝統的工芸品の製造される地域を定めて行う、と書かれています。技法と原材料と地域の三点が、指定の内容として一緒に固定されます。

そして第六項に、解除の規定があります。要件のいずれかに該当しなくなった場合、経済産業大臣は産業構造審議会の意見を聴いて指定を解除できる、という一文です。地域から作り手がいなくなれば第五号を欠き、原材料が手に入らなくなれば第四号を欠く。名乗りが永久に続く仕組みではありません。

クラフトビールにはこの解除に当たるものがありません。基準が無いので外れることもない。名乗りが軽いということは、失われないということでもあります。

二百四十四品目に、飲食物は一つも無い

指定された品目は、経済産業省が一覧を公開しています。二〇二五年十月二十七日時点で二百四十四品目です。都道府県別の一覧を上から読むと、津軽塗、南部鉄器、結城紬、江戸切子、九谷焼、輪島塗、西陣織、備前焼、熊野筆、伊万里・有田焼、琉球びんがた、三線と続きます。

織物、陶磁器、漆器、金工品、刃物、和紙、仏壇・仏具、人形、細工物。二百四十四のどこにも、食べ物も飲み物もありません。第一号の主として日常生活の用に供されるものは、飲食物を排除する文言ではありませんが、実際に指定されてきたのは器と道具と装身具の側です。

つまりクラフトビールは、五つの要件を一つずつ検討する前に、まず入口で問われます。定義の無い工芸品であつてという入口を、これまで飲食物が通った例が無いからです。徳利や切子のグラスは通り、その中身が通った記録はまだありません。器の選び方はおしゃれな徳利の選び方とウイスキーグラスの種類と選び方にまとめてあります。

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クラフトビール三十銘柄を国産と海外で比較

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酒の「わざ」を国が認めた一度|登録無形文化財「伝統的酒造り」

酒の「わざ」を国が認めた一度|登録無形文化財「伝統的酒造り」
酒造りの作業風景の参考画像

令和三年十二月二日、第一号は書道と酒造りだった

文化財保護法は、二〇二一年六月の改正で「登録無形文化財」という枠を新しく作りました。条文でいうと第七十六条の七です。

文部科学大臣は、重要無形文化財以外の無形文化財(第百八十二条第二項に規定する指定を地方公共団体が行つているものを除く。)のうち、その文化財としての価値に鑑み保存及び活用のための措置が特に必要とされるものを文化財登録原簿に登録することができる。

文化財保護法 第七十六条の七第一項

この枠が最初に使われたのが同じ年の十二月二日です。文部科学省は制度の新設について今年6月の改正と書いています。文部科学省の発表によれば、この日に「書道」及び「伝統的酒造り」が初の登録無形文化財として登録されるとともに、日本書道文化協会と「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」が、それぞれのわざを保持する団体として認定されました。同法第七十六条の七第三項が、登録にあたって保持者または保持団体を認定しなければならないと定めているためです。

手続の順番は、文化審議会の答申が先です。答申が文部科学大臣に提出されたのは同じ年の十月十五日で、登録はその約七週間後になります。伝統的工芸品の側で意見を聴くのが産業構造審議会だったのに対し、こちらは文化審議会。所管する省も、経済産業省と文部科学省で分かれています。

保存会の名称に「こうじ菌」が入っている点は、あとで効いてきます。登録の対象は日本酒だけではなく、焼酎、泡盛、みりんを含む酒造りの技術そのものでした。三年後の二〇二四年十二月四日(日本時間五日)には、ユネスコ無形文化遺産保護条約の第十九回政府間委員会で「記載」が決議されています。国内の登録が先という順番です。

わざの要件は三つで、いずれも手作業を原則とする

何を登録したのかは、文化庁の広報誌に文化財調査官が書いています。答申の時点で出された解説で、酒の種類ごとに工程が違うので共通の土台であるこうじ造りに焦点を当てた、という説明です。

わざの要件は3点からなり、いずれも手作業によるものを原則としています。

文化庁広報誌ぶんかる「伝統的酒造りの登録無形文化財への登録について」(文化財調査官 大石和男)

三点は、原料処理、こうじ造り、もろみの発酵管理です。一点目は水分調整と蒸す作業。日本酒ではストップウォッチで時間を計りながら原料の吸水量を調節することもありますと書かれています。二点目は米または麦に、酒造りで伝統的に用いられてきたこうじ菌を繁殖させること、そして木蓋・木箱(もしくはこれに準じた機能をもつ器具)を使って作業を進めること。三点目は、目的の味や香りを水以外の物品の力を借りることなく実現することです。

手作業という言葉が、ここでようやく国の文書に出てきます。ただし文化財保護法の条文には出てきません。条文は第二条第一項第二号で無形文化財を演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いものと定めるだけで、酒造りも手作業も名指ししていません。酒造りは「その他の無形の文化的所産」として入りました。

こうじ菌という入口

要件の二点目が「米または麦に、酒造りで伝統的に用いられてきたこうじ菌を繁殖させること」である以上、麦芽そのものの酵素で糖化するビールは、この二点目をそろえることができません。制度がビールを排除しているのではなく、登録されたわざの中身がこうじ造りだから、というだけの話です。

こうじと酒母の関係は生酛とはと山廃とは、清酒という品目そのものは日本酒とはで扱っています。

文化庁が書き分けた三つの発酵|ビールは単行複発酵

文化庁が書き分けた三つの発酵|ビールは単行複発酵
麦芽と穀物を並べた参考画像

並行複発酵という言葉が、どこで区切られているか

同じ文化庁の解説には、酒の発酵を三つに書き分けた一文があります。クラフトビールの話をしていたはずが、ここで日本酒とビールの構造の違いに突き当たります。

ちなみに並行複発酵とは、こうじの力で原料のデンプンを糖に分解する過程と、酵母の力でアルコールを生成する過程を、並行して行う発酵様式のことであり、ワイン(単発酵)及びビール(単行複発酵)と異なって、発酵の進行を高度に調整する能力が求められます。

文化庁広報誌ぶんかる「伝統的酒造りの登録無形文化財への登録について」

ワインは単発酵。ぶどうの果汁にはもともと糖があるので、酵母がそのまま食べます。ビールは単行複発酵。麦芽の酵素でデンプンを糖に変える工程を先に終わらせ、そのあとで酵母を入れます。日本酒は並行複発酵で、糖化と発酵が同じタンクの中で同時に進みます。

この分類は、味の優劣を言うためのものではありません。文化庁がここで書いているのは、並行複発酵は二つの過程が同時に走るぶん発酵の進行を高度に調整する能力が求められますということ、つまり登録したわざの難度がどこから来ているかの説明です。

「手仕事だから外れる」のではなく「工程の形が違う」

ここを取り違えると話が反対になります。クラフトビールの醸造所にも、粉砕から仕込み、酵母の投入、樽詰めまで人の手が入る工程はいくらでもあります。手作業の量が足りないから登録の外にある、という話ではありません。

登録されたわざが「こうじ造りを中心とした三点」と決められている以上、こうじを使わない酒は、手作業がどれだけ多くてもその三点をそろえることはできない。要件の中身が違う、というだけです。国が「ビールは手仕事ではない」と判断した記録は、この五つの法令にも文化庁の解説にも見当たりません。

逆にいえば、伝統的工芸品と登録無形文化財の二つが酒の「わざ」を測ったのは、こうじ造りという一点においてだけです。地方公共団体が条例で指定する経路や、文化財保護法第十章の選定保存技術は、ここでは数えていません。ビールの側には、比べる物差しがまだ置かれていません。

海外の物差し|ブルワーズ・アソシエーションの定義に「伝統的」は無い

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缶ビールが並ぶ売り場の参考画像

smallは年産六百万バレル以下

日本に定義が無いなら、日本語の記事はどこから基準を借りてきているのか。多くは米国の業界団体ブルワーズ・アソシエーション(BA)です。BAの現行ページは、見出しでこう言い切ります。

An American craft brewer is a small and independent brewer.

Brewers Association, Craft Brewer Definition

smallの中身はAnnual production of 6 million barrels of beer or lessで、括弧の中にapproximately 3 percent of U.S. annual salesと添えてあります。年間六百万バレルは日本の単位でおよそ七十万キロリットル。米国の年間販売量の三パーセントほど、という位置づけです。絶対量ではなく市場に対する比率で説明されている点が、この基準の性格を示しています。

independentは所有と支配が二十五パーセント未満

independentの中身は、資本の割合です。

Less than 25 percent of the craft brewery is owned or controlled (or equivalent economic interest) by a beverage alcohol industry member that is not itself a craft brewer.

Brewers Association, Craft Brewer Definition

クラフトブルワー以外の酒類業者による所有または支配が二十五パーセント未満であること。or equivalent economic interestという一句が入っているので、議決権を持たない出資の形でも、実質的に同等の経済的利害があれば数に入ります。

三つ目の見出しは「伝統的」ではなく Brewer という資格

日本語の解説では、BAの定義を「小規模・独立・伝統的」の三条件として紹介するものが多く見られます。ところが現行ページの見出しに立っているのは Small、Independent、そして Brewer の三つで、traditional という項目はありません。

BAはこの定義に沿って「Independent Craft Brewer Seal」という印を用意しており、定義ページの冒頭にもその画像が置かれています。国が指定した品目に組合が表示を付けられる伝統的工芸品の第二十条と、構図はよく似ています。印を配るのは団体で、名乗りたい側が任意で受け取る。違うのは基準を誰が置いたかで、片方は法律と経済産業大臣、もう片方は団体自身です。

三つ目の Brewer は「伝統的」の言い換えではなく、資格の話です。米国のアルコール・タバコ税貿易管理局(TTB)が発行する Brewer's Notice を持っているか、あるいは自社が知的財産権を持つ銘柄を米国内で委託醸造させ、その銘柄の再販売を主たる事業目的としているか。麦芽への言及は、定義の下に並ぶ関連する考え方の箇条書きにtraditional ingredients like malted barleyとして残っていますが、定義の要件としては立っていません。

名乗りを支える条文|第二十条の「表示」は組合が付ける

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切子のグラスと瓶を並べた参考画像

主語は事業者ではなく、特定製造協同組合等

伝統的工芸品には、指定を受けたことを示す表示があります。根拠は伝統的工芸品産業の振興に関する法律の第二十条で、条文は一文しかありません。

特定製造協同組合等は、その構成員である製造事業者の製造する伝統的工芸品について、伝統的工芸品として指定されているものであることの表示を付することができる。

伝統的工芸品産業の振興に関する法律 第二十条

読むべき点は二つあります。主語が特定製造協同組合等であって、作り手一人ではないこと。そして文末が付することができるであって、義務ではないこと。指定を受けた品目でも、組合が表示を付けなければ、その表示は付きません。

特定製造協同組合等が何かは、施行令が決めています。施行令第三条は、その伝統的工芸品を製造する事業者の二分の一を超える者が構成員となっている組合、と定めます。指定そのものを申し出る側の要件を定めた施行令第二条はおおむね二分の一を超える者で、「おおむね」の四文字が入ります。同じ二分の一でも、まだ指定されていない工芸品について申し出るときと、指定済みの伝統的工芸品について計画を出すときで、厳しさが違います。

この法律の本体は、指定ではなく計画にある

条文の量で見ると、この法律の中心は指定ではありません。第四条から第十五条までが計画の話で、振興計画、共同振興計画、活性化計画、連携活性化計画、支援計画と五種類が並びます。指定を扱う条文は第二条の一つだけです。

続く第十六条から第十九条は、支援の側です。経費の補助、資金の確保等、中小企業信用保険法の特例、税制上の措置。第十八条は、認定を受けた一般社団法人等を中小企業信用保険法第二条第一項の中小企業者とみなして保証の規定を適用する、という技術的な条文です。「小規模だから守る」という言い方をこの法律がするのは、ここだけになります。指定の五要件のほうには、規模を測る数字が一つも書かれていません。

振興計画に何を書くかは第六条が九号立てで決めています。後継者の確保と育成、技術又は技法の継承及び改善、原材料の確保と研究、需要の開拓、作業場その他作業環境の改善、原材料の共同購入と製品の共同販売、品質の表示と消費者への適正な情報の提供、従事者の福利厚生、その他必要な事項。作業環境や福利厚生まで書かせるのは、この法律が守ろうとしているのが物ではなく、それを作り続ける人の側だからです。

クラフトビールの業界に、これに当たる公的な計画認定の枠組みはありません。醸造所が集まって作る協議会はありますが、業種を名指しして国が計画を認定する回路は用意されていません。

この法律の罰金は一つだけで、過料が守るのは協会の名称

名乗りを規律する法律なら、偽った場合の罰があるはずだと考えたくなります。ところが第三十条を読むと、罰金が科されるのは表示ではありません。

第二十二条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、三十万円以下の罰金に処する。

伝統的工芸品産業の振興に関する法律 第三十条第一項

第二十二条は、認定を受けた計画に基づく事業の実施状況について報告を求める規定です。つまりこの法律が罰金で守っているのは、計画の進み具合を国に正しく伝えることであって、表示の正しさではありません。

残る二つは過料です。第三十一条の五十万円以下は協会の理事・監事・清算人に向きます。第三十二条の十万円以下は第二十五条違反、つまり協会でない者が名称の中に「伝統的工芸品産業振興協会」という文字を用いた場合です。この法律が名乗りを罰するのは、品目の名乗りではなく団体の名称のほうでした。

クラフトビールに戻ると、状況はもっと単純です。クラフトという語に基準が無い以上、基準に違反するという状態は成り立ちません。代わりに効くのは、書いた内容が事実かどうかを見る側です。景品表示法や、ビールの表示を支える公正競争規約は、この五つの法令の外側にあります。

二つの制度を並べて読む|物を指定する側と、わざを登録する側

二つの制度を並べて読む|物を指定する側と、わざを登録する側
酒蔵の建物の参考画像

同じ「工芸」が、二つの法律で別の場所に置かれている

文化財保護法にも「工芸」は出てきます。ただし置かれている場所が違います。第二条第一項は文化財を六つに分け、第一号の有形文化財の例示に工芸品を挙げ、第二号の無形文化財の例示に工芸技術を挙げます。物のほうが有形、わざのほうが無形です。

伝統的工芸品産業の振興に関する法律が指定するのは、第二条第一項の書き方どおり「工芸品」です。物のほうを指定し、そのうえで第二項が伝統的な技術又は技法及び伝統的に使用されてきた原材料並びに当該伝統的工芸品の製造される地域を定めて行う、と続けます。わざと原材料と地域は、指定の内容として物に付いてくる形です。

文化財保護法の登録無形文化財は、逆にわざのほうを登録し、それを保持する人か団体を認定します。だから「伝統的酒造り」の登録では、特定の銘柄も蔵も指定されていません。「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」という団体が認定されただけです。

上に上がると登録は消える

登録無形文化財には、重要無形文化財との関係を定めた条文があります。

文部科学大臣は、登録無形文化財について、第七十一条第一項の規定により重要無形文化財に指定したときは、その登録を抹消するものとする。

文化財保護法 第七十六条の八第一項

第七十六条の七第一項が登録の対象を重要無形文化財以外の無形文化財と限っているので、重要無形文化財に指定された時点で登録は行き場を失い、抹消されます。二つの位が重なることはありません。重要無形文化財のほうは第七十一条第二項で保持者または保持団体の認定が必須とされ、このうち個人を認定する各個認定が、いわゆる人間国宝にあたります。

地方公共団体が条例で指定しているものは、はじめから登録の対象に入りません。第七十六条の七第一項の括弧書きが、第百八十二条第二項の指定を地方公共団体が行っているものを除いているためです。ただし登録が先で地方の指定が後になった場合は、第七十六条の八第二項にただし書があり、保存及び活用のための措置を講ずる必要があって保持者または保持団体の同意があれば、登録は残ります。重要無形文化財の側とは、抹消の強さが違います。

五つの要件をクラフトビールに当てはめて読む

五つの要件をクラフトビールに当てはめて読む
グラスに注いだビールの参考画像

入口の工芸品であつてで止まるとしても、五つの要件そのものは「手仕事とは何か」を国が言語化した数少ない文章です。ビールに当てはめて読むと、クラフトビールという言葉が普段どの要件を指して使われているのかが見えてきます。

第一号と第四号|日常のものであること、原材料が伝統的であること

第一号は主として日常生活の用に供されるもの。美術品ではなく使うもの、という区切りです。ビールは疑いなく日常のものなので、この観点で引っかかる要素はありません。

第四号の伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられのほうは、読み方が割れます。麦芽とホップと水と酵母だけの一本は当てはまりそうに見えますが、副原料に果実やコーヒーやスパイスを使う一本はどうか。要件は「主たる原材料」としか書いていないので、主従の判断が残ります。クラフトビールの自由さは、この第四号とは相性が良くありません。

第二号|「主要部分が手工業的」は、全工程を求めていない

第二号はその製造過程の主要部分が手工業的であることです。全工程ではなく主要部分。この書き方なので、機械の導入そのものは要件と矛盾しません。

指定品目にも、粘土の練りや紙の乾燥に機械を使う産地はあります。それでも指定が外れないのは、条文が全工程ではなく主要部分としか求めていないからです。どこを主要部分と見るかは、条文の外で判断されています。ビールに置き換えれば、糖化や発酵の温度管理を機械が担うことより、レシピの決定と味の判断を誰がしているかのほうが、この要件の言い方には近くなります。

第五号|数えているのは一軒の大きさではなく、産地の担い手

第五号は一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているです。前に触れたとおり、規模の小ささではなく、製造を行う者と従事する者の数を見ます。

クラフトビールの一般的な語られ方は、これと同じ方向を見ていません。日本語でも英語でも、クラフトの説明は「小規模であること」「独立していること」から始まり、同業者が周りに何軒あるかは問われません。伝統的工芸品の側は産地という単位で見て、クラフトビールの側は一軒という単位で見る。同じ「地域」という言葉でも、指しているものが違います。

買う前に確かめられること|醸造所名・原材料欄・日付

買う前に確かめられること|醸造所名・原材料欄・日付
泡の立ったビールの参考画像

造っている場所と、売っている会社は別のことがある

ラベルには販売者と製造者が並んで書かれることがあります。銘柄を企画した会社と、実際に仕込んだ醸造所が違う場合です。委託して造ってもらう形は珍しくなく、BAの定義でも Brewer の項目が委託醸造を明示的に含めています。

ただ、その一本が「誰の手仕事か」を知りたいのであれば、見る場所は銘柄名ではなく製造所の欄になります。名乗りに基準が無いぶん、書いてある事実のほうを読むしかありません。

原材料欄は、多い順に並ぶのが通例

原材料の欄は、使用量の多い順に並べるのが通例です。麦芽の次に何が来るかで、その一本の輪郭がだいたい分かります。麦芽とホップだけで終わる表示、副原料が続く表示、いずれも欠点ではありません。第四号の言い方でいえば主従が違う、というだけです。麦芽が多いほど甘みと厚みが出て、副原料が続く一本は香りや酸味の方向へ振れます。二番目と三番目の語が、その一本の味の見当を教えてくれます。

品目の欄が「ビール」か「発泡酒」かで印象が変わることもありますが、これは酒税法上の区分の話で、手仕事の量とは関係しません。区分そのものは発泡酒とはとビールとは何かにまとめてあります。

日付は、賞味期限より製造日を見る

ホップの香りが要になる一本ほど、時間の影響を受けます。賞味期限まで日があっても、製造から半年が過ぎていれば狙った香りは残っていないことがあります。缶や瓶の底や肩に打たれた日付のほうが、期限の日付より役に立ちます。保管は光と温度を避けるだけで足ります。冷蔵で立てて置く、それだけです。

飲まないお酒の査定・買取はリンクサス酒販へ

飲まないお酒の査定・買取はリンクサス酒販へ
査定に持ち込まれたお酒の参考画像

クラフトビールを試すうちに、いただきもののウイスキーや日本酒が手つかずのまま残っている、という状態はよくあります。当店では未開栓のお酒を一本から査定しています。品揃えの一覧は取扱い商品の一覧、ウイスキーはウイスキーのコレクションにまとめてあります。

査定は写真でのご相談から始められます。瓶の全体、ラベル、キャップまわり、箱があれば箱も一緒に写していただけると助かります。当日十四時までのご注文で当日発送にも対応しています。

よくある質問

よくある質問
食卓に置かれたビールの参考画像
クラフトビールに日本の法令上の定義はありますか。

ありません。この記事で全文を確かめた伝統的工芸品産業の振興に関する法律、同施行令、同施行規則、文化財保護法、文化財保護法施行令の五つ、合計十四万千百五十四字のどこにも「クラフト」という語はありませんでした。酒税法が定めているのは「ビール」「発泡酒」といった品目名で、クラフトかどうかは品目の区分に入っていません。定義が無いので、語そのものを審査する規定はありません。表示が事実と違う場合に効くのは、景品表示法のような別のルールです。

「手工業的」という言葉は、どの法律に書かれていますか。

伝統的工芸品産業の振興に関する法律の第二条第一項第二号です。その製造過程の主要部分が手工業的であることという一文で、この法律の本則八千二百六字の中に一度だけ出てきます。ただしこの条文が対象にしているのは工芸品であって、酒ではありません。

伝統的工芸品にお酒が指定されたことはありますか。

二〇二五年十月二十七日時点で指定されている二百四十四品目に、飲食物は含まれていません。織物、陶磁器、漆器、金工品、刃物、和紙、仏壇・仏具、人形、細工物といった、器と道具と装身具が並びます。法律が飲食物を明文で除いているわけではありませんが、指定の入口が工芸品であつてという条件から始まり、これまで飲食物が通った例がありません。

「伝統的酒造り」とは何が登録されたのですか。

文化財保護法の登録無形文化財として、こうじ造りを中心とした酒造りの技術が登録されました。二〇二一年十二月二日の登録で、書道とともに第一号です。保持団体として「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」が認定されました。対象は日本酒だけでなく、焼酎、泡盛、みりんを含みます。特定の銘柄や蔵が指定されたのではなく、わざのほうが登録されています。

ビールは登録無形文化財になれないのですか。

制度がビールを排除しているわけではありません。登録された「伝統的酒造り」のわざの要件が、原料処理、こうじ造り、もろみの発酵管理の三点で、二点目が「米または麦に、酒造りで伝統的に用いられてきたこうじ菌を繁殖させること」と定められているため、麦芽の酵素で糖化するビールはこの三点をそろえることができない、というだけです。将来べつの「わざ」が登録される可能性まで否定する条文はありません。

ユネスコ無形文化遺産と登録無形文化財は同じものですか。

別の制度で、順番も国内が先です。「伝統的酒造り」は二〇二一年十二月に国内で登録無形文化財となり、その三年後の二〇二四年十二月四日(日本時間五日)に、ユネスコ無形文化遺産保護条約の第十九回政府間委員会で代表一覧表への記載が決議されました。日本政府が提案したのは二〇二三年三月です。

クラフトビールと地ビールは違うものですか。

どちらも法令上の定義が無い呼び名なので、線を引く根拠は制度の側にありません。使われ方としては、地ビールが地域を前に出し、クラフトビールが造り手を前に出す傾向があります。伝統的工芸品の第五号が少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事していると書いて担い手の数を見ているのに対し、クラフトの説明は醸造所一軒を単位に見ます。同じ「地域」でも指すものが違う、という点は覚えておくと混乱しません。

ブルワーズ・アソシエーションの定義は「小規模・独立・伝統的」の三条件ですか。

現行のページの見出しは Small、Independent、Brewer の三つで、traditional という項目は立っていません。冒頭の一文もAn American craft brewer is a small and independent brewer.です。三つ目の Brewer は醸造の伝統ではなく資格の要件で、TTB発行の Brewer's Notice を持つか、自社が権利を持つ銘柄を米国内で委託醸造させ再販売を主たる事業とするか、を求めています。traditional という語自体は、定義の下に並ぶ関連する考え方の箇条書きに残っていますが、要件の側ではありません。

「伝統的工芸品はおおむね百年以上の歴史が必要」と聞きましたが、条文に書いてありますか。

書かれていません。法律、施行令、施行規則のいずれにも「百年」という語はなく、伝統の古さを年数で測る条文もありません。条文にあるのは伝統的な技術又は技法と伝統的に使用されてきた原材料という言い方までで、年数の目安は条文の外にあります。

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